江戸っ子ギタリスト村治佳織の“二都物語” 村治佳織

 日本クラシック界で最も注目されている人気ギタリスト、村治佳織(25)がデビュー10年を迎え、新たな音楽の旅に出かけようとしている。来週の北海道ツアーを終えた後、ギターを生んだ国・スペインに再び渡り情熱の大地に身を包む。江戸っ子であることが誇りの村治が語る“二都物語”は、ひとりの女性としての冒険心に満ちあふれていた。〔写真右:「江戸の情緒が大好き」と笑顔を見せる村治佳織。国際的に引っ張りだこの人気ギタリストなのに素顔は素朴な江戸っ子娘だ=撮影協力(c)フォトグラファー阿部雄介、ソトコト。同下:6本の弦で無限の夢を奏でる。自身は火の中に飛び込むタイプとか

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 唐突だが、弦を押さえる左手の指先を見せてもらった。細くしなやかな指の先端が、そこだけヤスリで削ったように指紋がすっかり擦り減り、硬くなっている。

 「右手と左手を重ねてみましょうか。ほら、大きさが違うでしょ。左手の指が右手の指よりそれぞれ1センチぐらい大きいんですよ」

村治佳織  なにせ赤ちゃんのころから枕元にギターがあった。2歳ぐらいから弾き始め4歳で初舞台。かれこれ20年以上もギターを弾き続けているわけだ。クラシックギターはネックの幅が広く、初心者にとってはかなりの握力を要する。さらに弦をしっかり押さえないと音が割れるから、手はかなりの酷使を強いられる。それでもギターが好きでたまらなかった。

 「痛くてやめたくなったという記憶はないですね。(ギター教室主宰の)父はできるまで待つタイプですし、自分の好きなことは子供も好きになってくれるだろう、と思っていたようです」

 保育園の卒園式ですでにギタリストを志望していた。小学時代から主なコンクールで次々と優勝。中学2年で早くも世界的に権威のある「レオ・ブローウェル」と「東京」の両国際ギターコンクールを史上最年少で連続制覇。卓越した才能の出現に国内外は騒然となった。デビューから10年が過ぎ音楽活動は世界各地に及ぶが、最近は自分の中の“江戸っ子”を意識するという。

 「スペインのマドリードのカフェで落語の本を読んだりする。『おめえさん、そりゃもう…』なんて(笑)。外国に行く際、純日本的なものを持っていくと心が落ち着くんですよ。家が隅田川の近くで、高砂部屋にお相撲さんのけいこをよく見に行きました。小錦や水戸泉、朝潮のファンでしたね。小学4年の時、小錦さんのサインがほしくて色紙を持って行ったんですが、圧倒されて『サインください』って言えなくて…。神輿担いだり浅草寺も大好き」

 少女のように無邪気に笑う姿が愛くるしい。それにしても「村治佳織」という女性は不思議だ。無邪気な少女のように見えたかと思えば、下町のアネゴだったり、意志の強い大人の女を感じさせたり、気高い女優のようだったり…。まるで6本の弦に宿るそれぞれの女神が、村治という女性の体を通して、自己主張のハーモニーを奏でているかのようだ。

 弦楽器の中で指で直接弦を弾くのはギターとハープぐらいだが、微妙なニュアンスが表現できるギターは、より人間そのものがサウンドに表れる。10年前のデビューリサイタル。作家の井上ひさし氏はパンフレットでこう村治を称賛した。《彼女が創り出す音は江戸前で歯切れがいい。ステージでの一挙手一投足も小粋で意気がいい》。ダイナミックさと繊細さを兼ね備えた天才的な音色は、村治の持つ“粋”を通してのみ、その誕生を許されたのかもしれない。

 そんな江戸っ子娘が愛したスペインは、現実と空想の境界を自由奔放に駆け巡ったドン・キホーテの物語を神髄とする国である。「日本人である私がスペイン人によって作られたギターを弾き、スペイン人が書いた曲を演奏する。でも日本にもスペインと同じ重厚な歴史がある。異国に行くと、かえって自分の江戸っ子スピリッツが呼び起こされる」。

 25歳の誕生日を迎えて間もなく、ドン・キホーテが巨人と勘違いして突進したカンポ・デ・クリプターナの風車の前に立った。当日の日誌にこう記している。

 《最高に気持ちのいい一瞬。届かなくたっていいじゃあないか! 飛びたくなった気持ちを行動に移すことが大事!

 デビュー10年目の秋に再びスペインの大地に赴く。今回の滞在は2〜3カ月になるという。「本業は音楽ですが、今は『人間的な部分を養い自分の感性を豊かにしたい』という誘惑と向き合っているんです」。

 ギターのプリンセスが始めた新たな自分探し。  “女ドン・キホーテ”の夢もまた果てしない。

鄭孝俊

村治 佳織(むらじ・かおり)
昭和53年4月、東京生まれ。25歳。3歳より父・村治昇にギターの手ほどきを受け、10歳より福田進一に師事。数々のコンクールで優勝し平成5年デビューリサイタルを開催。翌年には日本フィルハーモニー交響楽団と共演し協奏曲デビューを果たす。7年に第5回出光音楽賞を最年少で受賞。8年、イタリア国立放送交響楽団の定期演奏会に招かれ、イタリア本国(トリノ)で共演、ヨーロッパデビューを飾る。9年パリのエコール・ノルマルに留学しアルベルト・ポンセに師事。10年、一時帰国し全国20カ所におよぶツアーを展開、大きな反響を呼ぶ。これまでに「カヴァティーナ」(32万枚突破)など7枚のアルバムを発表。いずれもクラシック音楽では異例の大ヒットを記録している。伊藤園「充実野菜」やトヨタ「アリオン」のCMなどにも出演。血液A型。

今後のコンサートスケジュール
村治佳織&日本フィルハーモニー交響楽団北海道ツアー
9月15日  札幌・Kitaraホール
16日  苫小牧市民会館
17日  札幌・Kitaraホール
村治佳織ニューイヤーガラコンサート
1月10日  鎌倉芸術劇場
14日  浜離宮朝日ホール
16日  大阪・シンフォニーホール
村治佳織&東京都交響楽団九州ツアー
1月25日  アクロス福岡
26日  宮崎芸術劇場
村治佳織&読売日本交響楽団浅草公演
2月20日  浅草公会堂
村治佳織&関西フィルハーモニー交響楽団山口公演
2月 防府市公会堂(日程調整中)
村治佳織ギターリサイタル沖縄公演
3月13日  具志川市芸術劇場
村治佳織&日本フィルハーモニー交響楽団
6月18日  東京芸術劇場
19日  横浜みなとみらい
村治佳織&ホセ・マリア・ガジャルドギターデュオリサイタル日本ツアー
7月1〜20日  東京、大阪、名古屋など全国8公演

★きれいな音色のためには地球環境の保護を

 村治が使っているギターは世界トップクラスのスペイン人名工、ホセ・ルイス・ロマニリョス氏が制作したもの。1本のギターに最低でも2年を費やす。中には7年がかりというケースも。材料の松の木は伐採から10年かけて乾燥させるほど。英国の名ギタリスト、ジュリアン・ブリームをはじめ世界トップクラスのギタリストが愛用している。

 しかし、最近は酸性雨や過剰な森林伐採のため木材の調達難に見舞われている。「深刻な問題です。どんなに演奏の技術がよくても木のきめが粗いといい音色は期待できません」。いい音楽を聴くためには地球環境の保護が不可欠だ。

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