藤田洋三君が「藁塚放浪記」を出版した

藤田洋三

2月14日の大分合同新聞の夕刊に、友達のプロ写真家藤田洋三君の事が載った。
「藁こずみ」の写真集を発売したと言う記事だった。
合同新聞のネットにないかと探したがなかった。

大分県で藁(わら)こずみ大会を行ったニュースはネットにあったのでコピーしました。
藁こずみ大会のニュース >>>


藁こずみ

「藁塚放浪記」に関する記事は別府の今日新聞のネットで見つけました。
藁こずみを撮ってきた記録「藁塚放浪記」2500円(税別)石風社刊。
藁塚放浪記 >>>

彼は以前「鏝絵放浪記」を出版しています。


以下が2006年2月14日大分合同新聞(夕刊)の記事です。

「藁塚放浪記」別府の写真家、藤田さん出版

別府市在住の写真家藤田洋三さん(55)が、30年以上かけて集めた全国各地やアジアのわら塚の記録をまとめた「藁(わら)塚放浪記」を出版した。A5判変形、240ページ(石風社、2500円)。稲作文化として祖先が守り続けた藁塚の貴重な資料として注目されている。

ボウガケ(青森県)、ワラススキ(奈良県)、ワラコズミ(鹿児島県)、――収穫後に脱穀したわら束を積み上げた「藁塚」。その呼び方はさまざまで、県内では「トシャク」「コズミ」が主流という。呼び方は町村単位というより、谷筋一つで変わることも。

作り方は大きく分けて 1:中心に棒くいを立て、積み上げていく 2:棒くいを使わない――の二種類がある。地域によって形や大きさ、高さはさまざま。アジア各地の稲作文化圏でも形、呼び方は異なる。

藤田さんは25歳でフリーカメラマンとなり、民家の土蔵などのしっくいに描かれた鏝絵(こてえ)を追い続けた。全国各地の農村を訪ね歩き、鏝絵のある土蔵とともに映る、藁塚の姿が地域によって違うことに気付いた。

農作業の機械化が進み、藁塚は少なくなっている。そんな藁塚を見直す藤田さんの思いは、地域おこしとも結びついた。鏝絵などが縁で交流が続いていた宇佐市安心院町のグリーンツーリズム研究会の仲間とともに、1999年から「全国藁こずみ大会」を開催。7回目の昨年も大分農業文化公園で、伝統的な藁塚、独創性を求めて創作した藁塚などが紹介された。

藤田さんは「藁塚は無名の人々が営々と築き上げ、守ってきた世界遺産ならぬ“世間遺産”」と表現し、「藁塚にこれほど多くの名前が付き、愛着を持って呼んできたのは日本人の感性だと思う」と話している。