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ダンスアカデミー1周年記念パーティー
会場はいまはなき別府日名子サンホール

ダンスアカデミーの住所・氏名・電話番号は
ダンスのページにあります。

学生時代のときのこと、正月に帰省したときに一杯やりながら高校の同級生が「俺、今、ダンス習ってるんだ」
その前にダンパを見たことはありました、もち見るだけ。
だから興味はありました。
ホームコタツをかたずけて6畳間で講習が始まりました。
彼が女役、センスがいい、良く知っている。
習うほうはもっとセンスがいい。
1時間ほどでブルース、マンボ、ルンバ
ダンパでは不自由しない程度には覚えました。
ジルバはベーシックの足の運びだけ
リズムに会わせて止まることなく動けるように!
いざとなったら何とかなる!

スロー、スロー、クイック、クイック、ただそれだけ
1週間後ダンパに行きました。 ブルース、ルンバ、マンボ、これはばっちりOK
ジルバは見当がつきません。
後ろで声がします、「おい、あの子誘ってみろよ」「だめだ、うますぎる」。
バンドのまん前で踊っているかっこいい人がいます、先輩ですね。
誘う人があまりいません、チャンスとばかり申し込みました。 「ジルバ、教えてください」「教えるなんてできないけど、踊るだけなら」
踊ってみると彼女タイミングがいいんです。 踊りやすいからこちらもすぐに覚えられました。
ダンパは良く行きました。
生意気にダンスホールにも行きました。
新宿のコマダンスホールやステレオホールです。
そこではちょっと自信のある人がダンサーの人とタンゴを踊っていました。

友達はワルツまでは習ったんですがタンゴはちょっとで挫折しました。学生の仕送りでは高すぎます。
今度は俺が、ってんで学校の近所の教室に習いに行きました、「タンゴを教えてください」
あとにも先にも私だけでした、学生の分際で初めにタンゴを教えてくれと言ったのは。
部屋を半周できる足型のルーティーンがあります。それを繰り返すと部屋を一周できます。
それだけ覚えるのにかなり時間がかかるのが普通なんですが、私はそういうのは得意でした。
翌日は2番目のルーティーン、その次の日には3番目のルーティーン。
4日目には先生が奥に消えました。
後で分かったんですが、今度は何を教えたらいいか聞きにいったそうです。

やはり学生では資金が続かないから考えました。
レッスンを受けないで自分で練習だけさせてくれないかと……、言ってみるもんですね。
そのままレコード係りをしたりお茶汲みをしたりと便利屋さんになり、結局入り浸りになりました。
昼から詰めて夕食は下宿に食べに帰り夜は9時か10時までいました
教室に来る生徒さんは私だけが全員を知っている状態でした。
1年ちょっとで先生、先生といわれ現在に至っているわけです。

良く学校を卒業できたなぁと思います。
8割がた危なかったですね、1年余分に行きましたが。

うちの奥さんはもっと凄い
今考えても分からないけど、教室がお手伝い(助手?)を募集しました。
来たんです「少し踊れるからお願いします」

聞けば中学生のとき友達の家がダンスホールを経営していて、しょっちゅう出入りしていたそうです。
ダンスの好きな叔父さんがいて「じょうちゃんおいで、じょうちゃんおいで」って良く教えてくれたそうです。
そこではうまかったんでしょう、所は別府です。

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それ何?!
その頃の自分なんてひどいもんです、その私がびっくりしました。
でもすぐにプロの真似事をしてました。
自分達はほとんどプロとしての経験しかありません。
アマチュアの時代がなかったんです。
その頃彼女は親から勘当されてました、もちろん私のせいで。
それでもお互いに5年学校へ行って、彼女が卒業してから、自由が丘の「モリタダンススクール」に移りました。

それから競技ダンス生活が始まりました。

競技会風景画像
私が持ってる唯一の競技会風景写真です。 昭和40年代、会場は後楽園ホールです。
後ろに写っているメンバーがすごいです。 自分たちの中心の後ろにいるのが親分の故・守田先生です。
斉野先生が向かって右手の方にいますね。